32インチのお気持ち表明!!!!!

言いたいことを言いたいだけ叫びまくる。

シンデレラガールズと「俺」しかいない吹奏楽部

 2026年2月20日、「アイドルと一緒に音楽を共にする投稿自薦夢ソン生 SESSION With You!」という企画のDay1がニコニコ生放送にて放送されました。

 その4曲目で私(@32TimP_Domyo)の投稿した内容について、せっかくなので解説記事でも書こうかと、まさに今同放送を聞きながらキーボードをたたき始めました。かなり突発的に書き始めたので気の利いた前置きなんてできません。

 

 投稿内容は三枝成彰作曲の『Overture FIVE RINGS』で、シンデレラガールズの中学生高校生と一緒に演奏しているイメージです。

 元々は宮本武蔵を描いた時代劇のテーマソングで、曲名は宮本武蔵の兵法書である『五輪書』がもとになっています。そのテーマソングを吹奏楽編成に編曲したのが投稿したこの曲。1985年の吹奏楽コンクール課題曲にもなっています。

 

 この曲めっちゃ好きなんですよね。前半の方の雄大な雰囲気も、後半の激しい雰囲気も、すべてがカッコいい。特に後半から始まる、狂喜乱舞とでも言うべきティンパニ。楽譜にしてしまうと実は同じことの繰り返しなんですが、パーカッションの最大の武器である「音感とかリズム感とか関係なく、ただ単に見てるだけで楽しい」ことが極限まで発揮されている気がします。この観点で言うと知ってほしい曲が山ほどあるんですが、一旦その話は置いといて投稿内容の話に戻りましょう。

 

 なぜこの曲を選んだかと言うと、単純に自分がやりたい曲だから。

 俺は中学高校と吹奏楽部で打楽器をやっていて、コンクールなどのちゃんとした場では主にティンパニをやっていました。当時この曲を聞いて是非ともやりたいと思ったものですが、結局叶わず、部内の政治でしくじって追い出されるように高校2年で退部してしまいました。

 今回投稿者の役柄を高校3年生としたのは、この背景があってのことです。あったかもしれないあの時の青春の続きを、的な。恨み言も半分混ざっているので、そんな良いものではないかもしれません。

 「アイドルを引き立てるプロデューサー」という立ち位置がスマートなんだろうなと思いつつ、「そんなこと知るか、俺だって目立ちたい!」ということでティンパニが一番目立つ曲を選んでしまいました。自己顕示欲のバケモノである。生き恥。

 

 さてさて、みなさんが一番気になるであろうメンバー選出についていろいろと話していきます。

 まずは各楽器をやっている人のおおまかな印象について。次の4要素でなんとなくやっていきます。

①性格:陰/やや陰/中/やや陽/陽

②考え方:ネガティブ/ややネガティブ/普通/ややポジティブ/ポジティブ

③ノリ:うるさい/真面目/変人/穏やか

④雰囲気:清楚/愛嬌/クール/快活/ミステリアス

 

ピッコロ    :①やや陽 ②ポジ   ③真面目  ④愛嬌

フルート    :①中   ②ややポジ ③真面目  ④清楚

クラリネット  :①陰   ②ややネガ ③穏やか  ④清楚

バスクラリネット:①陰   ②普通   ③変人   ④ミステリアス

オーボエ    :①やや陰 ②ポジ   ③変人   ④清楚

ファゴット   :①やや陽 ②ポジ   ③変人   ④ミステリアス

アルトサックス :①陽   ②普通   ③うるさい ④クール

テナーサックス :①やや陽 ②ややポジ ③うるさい ④クール

バリトンサックス:①やや陽 ②ややネガ ③変人   ④クール

ホルン     :①やや陽 ②ポジ   ③穏やか  ④快活

ユーフォニアム :①陰   ②ネガ   ③変人   ④愛嬌

トランペット  :①陽   ②ポジ   ③うるさい ④快活

トロンボーン  :①やや陽 ②普通   ③うるさい ④快活

チューバ    :①陽   ②普通   ③真面目  ④ミステリアス

コントラバス  :①やや陰 ②ややネガ ③変人   ④快活

パーカッション :①中   ②ポジ   ③うるさい ④愛嬌

 

 と、こんな感じでまとめてみましたが、フィーリングの部分がかなり大きいので、あんまり気にしないでいただきたい。

 ちなみに俺が吹奏楽部に入学した中学1年生の時、新入部員の担当する楽器を外部から呼んだプロの先生に決められたんですが、その先生も「楽器を持った時に似合うやつが一番うまくなる」という謎理論を言っていました。これは個人的に同感なので、見た目も重視して、かなり直観で選んでいます。

 

 では、各パートごとに面子を紹介しつつ、所感を述べていきましょう。

 

ピッコロ:中野有香

フルート:高森愛子 冴島清美 辻野あかり

 元々は全員同じフルートパートで、その中で適性がある人がピッコロをやるケースが多いので、ある程度似た系統の人が集まる。フルートパートの中で一番社交的で明るい人がピッコロをやっている印象。

 あまりキャピキャピしないタイプで、真面目に頑張る子を選んでみました。ビジュアル的には有香と清美はよく似合うと思う。パートリーダーは有香。

 ちなみに、ゆかりはあえて除外しています。勝手で個人的な意見を言うと、ゆかりはフルートよりもクラかオーボエの方が「っぽい」と思います。

 

クラリネット  :緒方智絵里 古澤頼子 工藤忍 今井加奈 森久保乃々 関裕美

バスクラリネット:八神マキノ

 これも元々は同じクラリネットパートで、適性ある人がバスクラに転向するイメージ。とはいえ、こちらは性格とか雰囲気とか明確な差がある気がする。ちょっと変わった人がバスクラやってる気がする。

 一応バスクラにはマキノを選んだけど、正直あんまり納得していない。マキノはサックス系の方が似合う。元々は藤本里奈がビジュアル的にドンピシャでハマっていたんですが、後になって里奈は高校中退していることが分かったので仕方なく除外しました。正直里奈が圧倒的にバスクラすぎて、他の子があんまりしっくりこなかった。

 キュートアイドルは基本的にクラ適性ある子が多いと思います。特に智絵里はマジでクラすぎて、なんで公式でクラやってないんだってレベル。メンバー考えている時に真っ先に智絵里が決まりました。年齢的には頼子が一番上だからコンミスは頼子になるのが順当なんだけど、智絵里が似合いすぎるので年齢飛び越えて智絵里をコンミスにしました。パートリーダーは頼子。

 ビジュアル的に似合うと思ったのは智絵里と忍と加奈。

 

オーボエ :長富蓮実

ファゴット:久川凪

 中学の頃はダブルリードパートが存在自体なかったので、正直この2パートについては見識が浅い。

 両方ともちょっと変わった人が多い印象があって、カウンター的な精神からにじみ出る深みがあるオーボエと、とにかく変人でやかましいファゴットというイメージ。

 性格的に凪はぴったりだなと思うんですが、なにぶん今まで出会ったファゴット奏者の絶対数が少ないのであまり自信はない。

 

アルトサックス :速水奏 佐久間まゆ

テナーサックス :桐生つかさ

バリトンサックス:神谷奈緒

 サックス系統も元々は1つのパートで、後から適性によって楽器が分かれるので、割と似た人が集まりがち。現実のサックスは固定メンバーで毎日騒いでいて、陰キャとは関わらないようなエセ陽キャが多い。

 ところが、アイマスにはサックスが似合う子が多くて、今回選んだ4人は全員性格関係なくビジュアルで選びました。パートリーダーは奈緒。奈緒が低音の方に行くときはつかさが仕切る。

 奈緒はいろんな楽器が似合う子で、選考途中に何回も楽器が変わりました。サックスは全楽器が似合うし、他のパートで言うと、バスクラ、ホルン、ユーフォ、チューバあたりも候補でした。

 

ホルン:上条春菜 向井拓海 岡崎泰葉 久川颯

 ホルンは周りが見れて、バランスとりながら自分の立ち位置を決めていくタイプの印象。ビジュアル的には春菜と颯ですかね。

 春菜と拓海は同い年ですね。あんまり公式で絡んでいるイメージないですが、ホルンを介せばあら不思議、中高6年間ともに歩んだ盟友に早変わりするわけです。部活ってすげえよな。

 最上級生が2人いるので、春菜が部長とか副部長とかの部活全体の幹部的役割、パートリーダーを拓海がやるみたいな感じを想定しています。

 

ユーフォニアム:双葉杏 喜多日菜子

 ユーフォニアムはちょっと卑屈で、「自分なんか……」といったことを半分自虐、半分ガチで言っている印象。

 日菜子の変人感はユーフォの変人感に近い気がする。杏はビジュアル的に中低音っぽさがあって、ホルンも迷った。パートリーダーは杏。働け。

 

トランペット:木村夏樹 難波笑美 堀裕子 椎名法子

 トランペットは相手が陰キャでも容赦なく絡みに行くガチ陽キャが多い。4人とも性格的にもビジュアル的にもぴったりの選出で、パート全体の完成度で言ったら一番自信があります。

 ホルンと同じく、夏樹と笑美が高3で同学年なので、この二人の関係性も色々妄想ができそうです。最後のコンクールが終わったとき、この二人はどんな会話をするんでしょうね。

 パートリーダーは夏樹。笑美は部活の幹部をやっています。

 

トロンボーン:塩見周子 本田未央 小関麗奈

 トロンボーンも割とトランペットに近いイメージだけど、トランペットよりはやや影がある雰囲気。

 この子らも性格的にもビジュアル的にも納得の選出。周子はテナーサックスでもアリかなとは思ったし、未央はチューバもいけそう、麗奈はパーカッションとか、逆にクラとか持たせても似合うだろうなと思った。割と器用にいろんな楽器できそうな子たちですね。

 

チューバ:前川みく、氏家むつみ

 チューバはつかみどころがあんまりない人のイメージ。陽キャなのに真面目だし、だけど変なこともする。いい意味で独特な人が多い。

 メンバー選出は結構悩んだ。この二人もあんまり納得はできていません。みくは低音というよりは中低音のイメージで、ユーフォとかの方が似合うし、むつみは寧ろトランペットとかのメインどころの方が適性ありそう。

 

コントラバス:脇山珠美 二宮飛鳥

 コントラバスは吹奏楽部の中では弦楽器というイレギュラーな立ち位置なので、そういう意味で変わった人が多い印象。

 飛鳥は性格的にぴったりだと思います。吹奏楽部のコントラバス奏者はポップスを演奏する時にエレキベースをやることもあるんですが、ベースっぽさは随一かなと思います。

 そして何と言っても脇山珠美。どう考えたってコントラバスだろ。高校生のアイドルリストを眺めている時、コントラバスを弾いている珠美の画が鮮明に見えてしまって、かなり大笑いしました。珠美は絶対にコントラバスをやれ。

 放送内でタックさんがのだめカンタービレのさくらちゃんの話を出していましたが、実は自分も結構影響を受けていると思います。さくらちゃんがコントラバスをやる理由は「大きくてカッコいいから」だったと思うんですが、不純すぎて逆に純ですよね。珠美にも同じセリフ言ってほしい。

 

パーカッション:土屋亜子 矢口美羽 浅利七海 輿水幸子 てぃむ

 パーカッションも変な人が多い。だって吹いて奏でる音楽と書いて吹奏楽なのに、叩きたいと思うやつなんて絶対変でしょう。というわけで癖の強い4人を選んでみました。

 ちなみに、打楽器の中にも太鼓系とか鍵盤系とかいろいろ種類があって、人によって得意不得意があるんですね。

 美羽はスネア、シンバル、バスドラムが超上手いけど、ティンパニは絶望的に才能がない。七海はビブラフォン、マリンバみたいなソフトマレット系の鍵盤と、タンバリンとかの小物系が得意。幸子はグロッケン、シロフォンみたいなハードマレット系の鍵盤が得意。ティンパニの素質もあるので、俺が引退した後のためにみっちり仕込もうとしています。亜子はオールマイティになんでもやるタイプで、曲の編成によって足りないところを埋める。パーカッションにはこういう人が絶対に1人は必要なんです。

 ちなみにですが、俺はティンパニをメインにしつつソフトマレット系の鍵盤もよくやってました。スネアとシンバルはド下手クソ。

 

 ということでメンバーを振り返っていきました。ここまで来たところでちょうどDay1の放送がエンディングに入りました。校正している時間はないので、このまま投稿しちゃおうかと思います。口語文語がかなり入り混じっている気がするし、誤字脱字もたくさんあるはず。後から修正するかもしれないし、しないかもしれません。

 ではまた。

理想のセンターフォワードが引退した。

 全世界のサッカー選手からベストイレブンを作るとしたら誰が選ばれるだろうか、ということをよく考える。そういえば、何年か前に、歴史的な選手を謎システムで呼び出して対戦させるというアディダスだったかのCMがあった。初代イナイレド直撃世代の俺は豪炎寺修也の登場に心が躍ったものである。

 サッカーオタクというものは、この手の話題が大好きなのは言うまでもない。メシロナ論争なんてその最たるものだ。俺たちはあと何年同じ話をし続けるんだろう。

 しかし、俺はこの話題に一つの結論を導く男のためにこの記事を書いている。というのは大きく出過ぎているが、せいぜい一石を投じるくらいのノリだと思っていただきたい。

 その男の名前は富山貴光。俺の理想のセンターフォワードだ。いや、理想だったというのが正しい。トミーは今日2025年12月26日、引退を発表したのだ。

 

 彼の経歴を簡単に説明しよう。

 1990年生まれの34歳。矢板中央高校、早稲田大学を卒業後に大宮アルディージャに入団。その後サガン鳥栖アルビレックス新潟を渡り歩いたのち大宮に復帰。途中にギラヴァンツ北九州へのレンタル移籍を挟みつつ、レッドブルチームで引退をした。

 現役生活13年でJリーグ通算286試合38得点。決してフェノーメノではない。A代表に呼ばれたこともない。恐らく、歴史に名前が残る選手ではない。それでもトミーが理想のセンターフォワードだと断言できる。

 少し考えてみようじゃないか。例えばあなたがとあるチームのスポーツダイレクターだったとする。どの選手と契約更新して、どの選手の首を切って、どの選手を連れてくるかはすべてあなた次第。そんなあなたが富山貴光の残した結果を見たとする。1試合あたりの得点数は0.13点。これが本当にセンターフォワードの数字なのか? 当然首を切るに決まっている。俺だってそうする。

 ところが現実はそうもいかなかった。ゴール数のキャリアハイはJ2で8ゴール。カップ戦を含めても2桁得点を取ったシーズンは1回もない。それでも、毎年契約延長または他チームのラブコールを勝ち取り、13年プロとして活躍し続けた。そこには必ず理由があるはずなのだ。

 

 俺は素人だからプレースタイルがどうとか、スタッツがどうとか難しいことは分からない。それでも、トミーが俺の理想である理由を説明するとしたら、それは「エゴを消して、チームが勝つために必要なミッションをすべて遂行できる」からだ。

 記事が見当たらなかったので細かいところは違うかもしれないという前提での話になるが、衝撃を受けたインタビューがある。

 2021年の夏、大宮に河田篤秀という選手が加入した。チームは得点不足に悩んでおり、その起爆剤として期待された。そして期待に応えて得点を量産し、そのシーズンにチームを残留に導いた救世主とも言うべき選手だ。

 河田の特徴はその得点パターン。右足も左足も頭でもロングシュートでも、どこからでもシュートが打てて、少々無理な体勢でも強引にゴールをこじ開けることができる典型的なストライカーだ。

 そんな河田に対して、トミーは「カワはゴール前でシュート打つことだけ狙ってろ。それ以外のことは全部俺がやるから」と言ったそうだ。

 現代サッカーにおいて、守備を免除される選手というのは滅多にいない。PSGのデンベレは超特急のハイプレスで欧州王者に導いた。デンベレでさえ守備で走りまくる全員守備全員攻撃が当たり前の世界で、トミーは同じポジションを争うライバルとなる河田に対して、「お前に点を取らせるために、お前のヨゴレ仕事は全部俺が引き受けてやる」と言っているのだ。

 どんな時でもチームのために。相方のフォワードを統率して相手DFのパスを誘導し、中央で待ち構える小島や石川で奪いきったシーンをよく覚えている。守備で走り回って途中出場にも関わらず試合終了の笛と同時にピッチに倒れこむ姿をよく覚えている。試合終了後に公開される選手別のヒートマップで毎試合ピッチ全体が赤く染まっていたのをよく覚えている。

 トミーは、オレンジ色のユニフォームの存在が消滅しても、想いが消えなかった数少ない選手なのだ。(他には小島、笠原のみ。市原も好きだけど他3人とはちょっと違う)

 

 大学時代の先輩でもある故・横山知伸さん(元大宮アルディージャ選手、フィジカルコーチ)からは、「プロは細く長く」と言われたことがあるらしい。トミーはこの言葉をずっと胸に抱えて生きてきたそうだが、プロ生活13年で286試合38得点、まさに「細く長い」現役生活となったわけだ。

 記録には残らないかもしれない。多くの人にとっては記憶にすら残らないかもしれない。それでも俺のサッカー観はトミーの影響を受けて成り立っている。守備大好き人間が集まる変態リーグセリエAを俺が楽しめているのは、守備を見る楽しさを教えてくれたトミーのおかげだ。デ・ロッシ→ユリッチ→ラニエリさんと監督が迷走して苦しかった昨季、それでも最後にポジションを勝ち取るのはクリスタンテだと信じ続けられたのは、ライバルフォワードの調子が良くても結局ベンチ入りし続けたトミーのおかげだ。全然点取らないジェノアのエクバンを半ばおもちゃのように絶賛しているのもトミーが全然点取らなかったせいだ。それだけのインパクトを俺にもたらした選手だった。そういう意味では、トミーは俺だけのフェノーメノと言えるかもしれない。

 

 話を最初に戻そうか。俺の全世界ベストイレブンセンターフォワードを務めるのは富山貴光だ。誰もが認める怪物たちが勢ぞろいしただけのチームではまとまりがない。皆我が強く、チームとしての体を成さない可能性だってある。だからこそ、仲間のために最前線で11人分泥臭く走り続けられるトミーが必要だと思うのだ。

 ところが、だ。引退したトミーはもうベストイレブンに選べない。俺の全世界ベストイレブンにはセンターフォワードの枠がぽっかりと空いてしまった。今後数年、俺はローマを中心にセリエAから代替案を見つけ出していくことになるのだろう。

 というわけで、ジルクゼーくん。ローマに来てくれないかい?

負けてないと思ったらまだ負けてないのだ。~『化物』あとがき~

 SSを書きました。半年ぶりですね。御託はいいとしてこの記事の目的は宣伝なので、とっととリンクを貼りましょう。いいから読め。

 

www.pixiv.net

 

 今回が初めての学園アイドルマスターSSとなります。これを学園アイドルマスターSSと言っていいのだろうか、というともちろんYESである。

 詳しい説明をしたのがもう数年前なので改めてここで説明しますが、これは「観測外のアイドルマスター」という短編シリーズです。ゲーム内に登場するアイドルがほとんど登場しません。

 このシリーズが始まったきっかけとしては、スターウォーズのローグワンみたいなことがやりたかった、というのが発端だった気がします。うろ覚えだから違うかもしれない。とにかく、本編に一切登場しないスピンオフ主人公が大活躍をする話。スピンオフでこんなに活躍してるのに本編に出てこないってことは……って邪推が容易にできてしまう話が書きたかった。

 つまり背景にアイドルマスターを使用することで、主人公の運命を最初から確定させているのです。だからこれはアイマスの二次創作だし、アイマスでしかできないのです。

 今回の主人公、安住香もそうですね。もちろんゲームである学園アイドルマスター本編には一切登場しません。だからこそ香は絶対に十王星南に勝てない。恐らく、未来永劫。

 一応ハッピーエンドの形でSSは投稿しましたが、そういう意味では香の人生はシリーズ初の明確なバッドエンドと言うべきかもしれません。叶わない夢に挑み続けることになるわけですからね。

 

 さて、今回のSSには参考にした作品が2つありますので、そちらの紹介をしましょう。

 1つ目は、鍋倉夫の漫画『リボーンの棋士』です。ご存じの方はいるでしょうか。漫画ワンで無料で読めるのでおすすめです。

 『リボーンの棋士』は、将棋の世界の話です。主人公の安住浩一は子供の頃から将棋が得意だったことからプロ棋士養成機関の奨励会に入会しますが、26歳までにプロにならなければ強制退会しなければいけないという決まりによって奨励会を退会、プロ棋士の夢を諦めます。人生の大半を将棋に費やした結果、将棋以外取り柄のない26歳のフリーターが誕生したわけですが、その後いろいろあってもう一度プロ棋士を目指す、という話です。

 今回のSSは、この『リボーンの棋士』のストーリー展開をかなり真似ています。SSの展開としては「アイドル引退→フリーター→アイドル復帰→初心を思い出す→咲季という壁にぶちあたる→超絶レッスンで実力を磨く→星南に完敗する→トップアイドルになるため挑み続ける」というのがおおまかな流れです。

 このアイドルの部分を将棋に入れ替えて、人名を適当なものに当てはめたらそれは『リボーンの棋士』のストーリー展開になります。

 とはいいつつ、細部ではオリジナリティも出せたと思うので丸パクリはしてないつもりでいますが、他者の評価はどうでしょうか。感想なんてものはベルマークよりもなんぼあってもいいですからね。

 

 2つ目はタイトルにもなりました、星野源の『化物』。これについては、『リボーンの棋士』を参考にして書こうと思い立って大まかなプロットを練っている内に、『化物』っぽいなと思って後付けでそっちに寄せていった感じです。

 曲自体が歌舞伎役者の中村勘三郎をイメージして書いた曲なので、立場は違えど舞台に立つもの同士、共通点があったのかもしれませんね。

 2番のサビが特にお気に入り。こんなの香じゃんね。SSのクライマックス、十王星南親愛度コミュ8,9の合同ライブのシーンでは、「この私を、『一番星』を目指しなさい! アイドルの頂点は、あなたたちの夢は、ここにある!」という星南の勝利宣言を引用しています。これを聞いた香は、星南を目指すようになります。つまり、星南を「未だ叶わぬ体中で藻掻く思い描くもの」として地獄の底に向かっていくのです。

 SSのラストシーンも、楽曲の最後の歌詞とかかっています。名実ともに化物になった香が奈落からせりあがってきて、自分の歌を観客に聞かせるわけです。「誰かこの声を聞いてよ」と。

 

 次に、安住香という名前の由来について簡単に紹介しましょう。といっても大したものではありません。苗字の安住は『リボーンの棋士』の主人公、安住浩一から。名前の香は将棋の駒の香車からとっています。過去一安直な名前になりました。

 当初は安住のライバルである土屋の要素も入れたいと思っていたんですが、土屋のことが好きだからこそ中途半端に名前だけで使いたくなくて、だからといって土屋の性格を香に反映させるとSSが陰鬱になりすぎる気がしたので泣く泣く排除しました。人間味と言う意味では深みが出るんだろうけどね。

 ちなみに、プロデューサーの上司として最後の方に登場した伊達という名前は、安住の奨励会時代の師匠にあたる人の名前からとっています。大人になった安住との師弟対決はかなりの名場面ですよ。

 

 というところであとがきは以上。なんかいつもより短い気がするので、後から書きそびれたこと見つけたらサイレント修正するかもね。

 ではまた。

東の果てよりダルボエへ、愛を込めて。

 エブリマ・ダルボエ、彼の名前を知ったのは2021年の5月。サンプドリアを相手にリードを許した後半に途中出場だった。

 その次の試合がヨーロッパリーグマンチェスターユナイテッドとの2nd leg。怪我人続出で前半のうちに交代回数を3回使い切った影響もあり大敗した1st legを受け、ただでさえ厳しい戦いを強いられる中でさらなる怪我人が発生し、スクランブルで前半の途中からピッチに立った。

 正直言って、あまり期待していなかった。そりゃあそうだ。ついこの前までプリマヴェーラにいた少年が敗戦濃厚の場面で出てきたのだ。経験を積ませる以外の意図があるとは思えない。ただ、若さ溢れるプレーで爪痕を残してくれたらいいな、くらいに思っていた。

 圧巻だった。19歳とは思えない落ち着きと視野の広さ。独特なリズムで何故か通る縦パス。みんなが恋に落ちた。

 

 彼は、アフリカ西部のガンビアという国の生まれだ。言い方は悪いが、恐らく地理や世界情勢に興味のない人であれば、一生名前を知らなくても生きていくことはできる国だろう。

 ダルボエは、そんな国から難民ボートに乗ってイタリアにやってきた。サッカーで飯を食うために。夢なんて軽いものじゃない。命を担保にした大博打だ。

 

 ガンビアという国について、どれほどのことをご存知だろうか。何も知らないという方がほとんどだろう。かくいう俺自身、大した知っているわけではない。知っているのはたった一つ。ガンビアの子どもたちはサッカーが大好きだということ。

 

 俺が通っていた小学校では、年に2回の募金活動を行なっていた。一つはユニセフ募金。そして、もう一つがガンビア募金だった。

 どういった繋がりがあったのか知らないが、集まったお金の全額をガンビアに寄付する活動をしていたのだ。放送委員会とか、保健委員会とかと同じような枠組みで、国際協力委員会みたいなものも作られていて、そこの生徒が積極的に活動していた記憶がある。

 集まった募金はガンビアに関わりのある組織に渡され、ガンビアに持ち込まれる。その後、寄付を託した組織の人を学校に招いて、「こんなものを寄付してきました」という講演を体育館に集まって聴く。これが毎年行われていた。

 

 「例えば、〇円あれば新しい靴が買えます。新しい服が買えます。命に関わる病気に効果的なワクチンが打てます。今回の募金では〇〇と✕✕と△△を寄付しました」

 そんな話をされたのをよく覚えている。列挙される品物は、どれも生活に不可欠なものばかりだった。ただ一つ、サッカーボールを除いては。

 「ガンビアの子どもたちはサッカーが大好きです。でも、ガンビアにサッカーボールは中々ありません。だからサッカーボールを持っていくと子供たちが大喜びするのです。たとえ、日本の子供たちが使い古してもう捨てようと思うようなものであっても」

 活動報告のスクリーンには、嬉しそうな顔でサッカーボールに群がるガンビアの子供たちの写真が映し出される。彼らは皆、君たちと同じくらいの年齢なんだよ、と言われ、同じくサッカーが好きな少年として強烈なシンパシーを感じた。新しいボールを買ってもらったときの嬉しさと言ったら、サッカー小僧だったことのある人なら当然分かることだろう。自分の募金がその嬉しさに繋がっていることが嬉しくて、毎年欠かさずサッカーボール1個分の金額を募金していた。

 

 時は流れる。俺は小学校を卒業した。中学、高校を卒業した。大学に入学した。ASローマに恋をした。

 ダルボエはガンビアの地で生まれ育ち、サッカーを愛し、サッカーに人生をかけて、ローマにやってきた。

 ダルボエは2001年生まれ、そして俺は1999年生まれ。ほぼ同世代だ。もしかしたら、あの時の活動報告のどこかに、ダルボエが映り込んでいたかもしれないと気がついた。

 1つの小学校が募金をしたとして、集まるのはせいぜい数万円。いくら物価が低いとはいえ、ガンビア全体の子どもたちに行き渡るような金額ではない。ないのだが、僅かながら、ダルボエがサッカーに人生をかけてもいいと思ったほんの一端を俺が担った可能性があるのだ。

 生まれた国がどこであろうが、環境がどうであろうが関係ない。サッカーボールを初めて目にした時のエブリマ少年は、きっと俺が勝手にシンパシーを感じたガンビアの子供たちと同じ目をしているはずだから。大きな大きな世界の中で、偶然にもシンパシーを感じたガンビアの子供たちとの縁があるだけで、俺はダルボエを応援し続けることができるのだ。

 

 今のダルボエは、キャリアの分岐点にあると言っていい。ローマでプレーした数試合で確かな輝きを見せた後、新シーズンでは新監督のモウリーニョから構想外となりレンタル移籍を転々とする。途中、ピルロ監督率いるサンプドリアでは一定の成績を残したものの、それ以外のチームでは目立った活躍ができなかったようで、結局今年でローマとの契約が満了してセリエBのバーリへ完全移籍した。

 ローマとの契約は終わってしまったが、ダルボエの人生をかけた博打は終わらない。いや、もはやダルボエのサッカー人生はダルボエだけのものではない。ダルボエの弟がローマプリマにいるのだ。恐らく弟の方は、ダルボエの稼いだお金で安全にイタリアに来ている。兄のような、いつ沈没するか分からない難民ボートに乗ってきたわけではないだろう。兄の博打が、家族の人生を変えるまでに至った。これからも、家族の運命を担っているのはダルボエ兄弟なのかもしれない。

 

 今日をもって、ダルボエに「ローマが保有している」という価値はなくなった。これからは「セリエBのバーリ所属」というむき出しの看板を掲げる。この身ひとつでイタリアにやってきた痩せっぽちの少年が、セリエBからもう一度はい上がってくるのを楽しみに待つことにしよう。

将棋おもろないか?

 ここ数日、将棋をやり始めた。

 

 駒の動かし方が分からないなんて、将棋アプリでなんとなく打ってみたらいつの間にか覚えているものだから障壁にはならない。

 序盤の戦法を1パターン覚えるだけで、初心者向けのザコCPUに対する勝率が段違いに上がる。歴史の重さを感じるのである。

 待ったなし、といった言葉があるが、俺が使っているぴよ将棋というアプリには待った機能があるので、やべ、と思ったらすぐに1手前に戻れる。ザコCPUは放っておいても勝手にトンデモ悪手を打ってくるので、それだけで勝てる時がままある。

 

 しかし弱い。あまりにも弱い。1手先の詰みを平気で逃してしまうし、駒を動かした先に飛車がいることに気が付かない(こういう時に待った機能を使うのだ)。

 まだyoutubeに上がっているような戦法解説のようなものは理解できないし、理解できたところで活用できないだろうから、今は対局後に自分の悪手を検討して、そんな風にすればよかったのか〜を繰り返している。しかし短期記憶というものが絶望的にない俺は、10分前に歩を1つ前に出した意図なんてものは忘れてしまうのだ。

 あーあ、俺が将棋指してるのを後ろから眺めながら、その都度あーだこーだ口出してくれる人とかいねえかなーと現実逃避する25歳弱者男性なのであった。

そこにあるものについて

 完全なる思いつきで記事を書き始めている。

 

 直近ではサッカー関連やイタリア関連の記事ばかり書いていた当ブログ。数年前にXアカウントの運用も雑多な本垢とサッカー特化のサブ垢ということで棲み分けた結果、感覚的な浮上頻度もサブ垢に偏重して、一体サブ垢とは?状態になっているが、今回は本垢関連の話だ。

 

 本日の#メンタルの怠慢を終えた22時過ぎ、デレステのリリースを見た。仕事終わりにXを眺めていて、デレステの思い出を語っているフォロワーを見つけて嫌な予感はしていたが、やはりという内容。

 サービス終了とまでは言わないまでも、限りなくそれに近い縮小。近い内に来るだろうと思っていたものの、実際に目にするとやはり心に来るものがある。

 冒頭にも書いたが、ここ最近はアイマス関連の記事をほとんど書いていない。Xのポストもアイマス関連のものはほぼしていない。そんな俺でも、である。

 

 デレステとの出会いは高校時代だった。

 俺はそれまでオタクとは縁遠い生活をしていて、深夜アニメなんてものは見たことがなかった。図書室のラノベ棚に並んだ涼宮ハルヒを「りょうぐうはるひ」と認識していたあの頃である。

 我が母校は県立のくせに校舎内に合宿所があって、夏休みは各部がそこを使って夏合宿をする。俺が所属していた吹奏楽部も例に漏れずそうだった。

 練習が終わって夜になると、そこにはあまりにも男子校すぎる光景が広がるわけだが、そんな時にデレステというものに興味を持った。

 当時はモンスト、パズドラなどなど有名ソシャゲが定着した頃。俺はモンスト派だったのでフレンドマッチをして遊んでいたのだが、そんな中でとある動画を見て大爆笑している3人組がいた。

 この3人組は部内に限らず学年内でもオタクど真ん中を行くグループで、リズムゲームとアイドルゲームが好きということで有名だった。

 楽しそうな雰囲気を感じ取って動画を覗くと、マツケンサンバⅡの動画。ただし音源は聴いたことない女性グループ。話を聞くと、アイドルマスターシンデレラガールズというゲームの登場人物が歌う、きみにいっぱいという歌とのこと。

 そう、「そちにいっぱい☆」である。それ以前からデレマス自体は認知していたが、興味を持つきっかけがなんだったか思い返すと、これになると思う。なんとも珍しい出会いである。

www.nicovideo.jp

 可愛い女の子がマツケンサンバで遊ばれる光景があまりにも衝撃的だった。

 

 ただ、先述の通り俺はオタクとはかけ離れた人生を生きてきた。テレビで犯罪者がアニメのグッズを持っていたなどのイメージ、コロコロコミックで度々イジられるダサいぐるぐるメガネのチェックシャツ陰キャのイメージが先行していた。だから、俺はデレステを始めたことを誰にも言い出せなかった。もちろんグッズを買ったりすることもなく、自分のスマホの中でだけアイマスの世界を広げるしかなかった。

 

 そんなこんなで、アイマスオタクになった俺だけれど、それからというもの本当に色々なことがあった。

 デレマススレの掲示板まとめやエレファント速報に入り浸るようになり、ネットスラングというものを学んだ。気がついたら自分がエレファント速報に載る側になった。当時はSS書き内である種のステータスであったゴールデンタイムズに載ったこともあった。しばらくしたらエレファント速報に限らずSSまとめサイトというものが衰退してpixivが主戦場になった。インターネット人格が破壊されかけた時に助けてくれたのもデレステ、インディゴ・ベルのほほえみdiaryだった。色々な人との関わりの中でイメソン企画によく参加するようになった。今では調子に乗って自分自身がパーソナリティになってニコ生に出ちゃったりしている。オタクであることを言い出せなかった頃を思えば(今も両親含め身近な知り合いには隠しているが)、大分遠いところまで来てしまったようだ。

 

 それでも、月日が経つと熱量は落ちていくものである。

 ある時まではそれに多少の罪悪感があった。果たして自分はプロデューサーとして何ができているのか、何もできていないのではないか。スマホのホーム画面のデレステのアイコンは背景と同化し、ただ、「そこにあるもの」として扱うようになる。

 

 そう、デレステとは「そこにあるもの」だった。てぃむ、あるいは32インチのバックグラウンドには常にデレステがあった。インターネット人格がこの世に生を授かって最初から、「そこにあった」。

 

 俺の実家には少年アシベのゴマちゃんの大きなぬいぐるみがある。恐らく全長50cmくらいはある大きなぬいぐるみだ。

 物心ついたときにはゴマちゃんが枕元にいた。というより、枕だった。ちゃんとした枕もあるのだが、背中の斜面具合が都合良かったのか、いつもゴマちゃんの背中に頭を乗せて寝ていた。そのせいで背中の真ん中あたりが少し凹んでいる。

 子供の頃の俺はかなり怖がりで(今もだが)、暗闇が心細くてゴマちゃんの他にも枕元に大量のぬいぐるみを並べていた。ところが小学校の何年生だったか、ある時それが恥ずかしくなってぬいぐるみを並べなくなった。小さいぬいぐるみは小さい壁掛けハンモックに並べてあげた。ゴマちゃんはハンモックに乗らなかったからクローゼットの上に乗せてあげた。あれから15年から20年くらい経つが未だに彼らはハンモックとクローゼットの上で笑っている。「そこにいる」。

 

 風邪を引くなどしてベッドの上で手持ち無沙汰な時など、ふとした時に彼らが目に入るのだ。その度にあんなことが、こんなことがあったなと思い返すことができるのだ。「そこにあるもの」には、それができる。現在進行系で夢中になっているものからは得られない、かけがえのない感情をもたらしてくれる。

 結局のところ人間は思い出が放つ輝きには抗えない生き物であるし、その意味では「そこにあるもの」というのは人生の彩りにおいて必要不可欠なものなのだろう。

 

 先程、ある時まではデレマスへの熱量が落ちたことに罪悪感があったと書いた。つまり、今は罪悪感がないということだ。

 確かに熱量は落ちた。公式情報もネットの掲示板もXのタイムラインもさして追いかけていない。月1,2で投稿していたSSは年1出せれば上出来という程度になった。界隈のdiscordサーバーはほとんど見なくなったし、企画に参加することも全くと言っていいほどない。ただ、TLに流れてきたお気に入りの絵師数人の絵をいいねしたりリポストしたりする程度。

 それでもデレステは「そこにある」。「そこにあるもの」には「そこにあるもの」にしか出せない輝きがある。ゴマちゃんのように、自分にとってデレステはそういうものに昇華したのだ、と思うようになった。なんとも自己中心的な思考である。

 それでもいいのだ。スマホの画面からデレステのアイコンが消えず「そこにある」限り、俺はデレマスに対する帰属意識を持ったまま、インターネット人格を生きることができるのだから。

 

 こういう時には皮肉を言いたくなるような、とてもよろしい性格をしている自分にしては珍しいことを言おうか。

 サービス終了じゃなくてよかった。ただただ、運営に大いなる感謝を。願わくば、少しでも永く。

呪詛

 来る2025年6月22日。俺が引っ越しをする日だ。

 

 生まれてから25年と半年、ずっとさいたま市で暮らしてきた。5分歩けば最寄り駅もスーパーもあるし、10分自転車を漕げばイトーヨーカドーがある。電車で数分の大宮駅に行けば必需品から嗜好品、娯楽まで大抵のことは間に合う。都会というほど都会ではないけど絶対に田舎ではない街。それが俺の故郷だ。

 

 俺はこの街が結構好きだった。ただ、なぜか、と問われるとこれがなかなか難しい。確かに住み良くはあるが、他にももっと住み良い街はたくさんある。埼玉なんて「東京に近いこと」が一番の強みであることからして、そもそもが東京の下位互換だ。

 得てして、愛してやまないものは理屈で説明できないものだ。例えばローマ。例えば道明寺歌鈴。そして恐らく、この街もそうなのだろう。これが郷土愛とやらなのかもしれない。

 

 都会と田舎のどっちつかずのこの街は、都心へのアクセスの良さを考慮してもう少し開発が進んでもおかしくなさそうだが、妙に昔馴染みの景色が残っている。親に手を引かれてよく行っていた八百屋。家の鍵を忘れて締め出された時に決まって逃げこんだ顔なじみの漫画喫茶。通学路でいい匂いを漂わせていた創業から200年近い蕎麦屋に大人になって初めて入った時は感慨にふけったものだ。

 大きく変わったことといえば、夜道を照らす街灯に吊るされた旗がいつの間にかオレンジから紺になったくらい。

 

 そう。ある時突然変わったのだ。

 

 

 

  • 所沢にて

 3月末頃、アイドルマスターシンデレラガールズの絵画展が行われた所沢に出かけた。所沢の街中の街灯には、西武ライオンズの旗がたくさん掲げられている。白いライオンの手と白い野球ボール、Lionsの赤い文字が紺色の旗に描かれた、おなじみのエンブレムだ。(野球には疎いのでもしかしたら的外れなことを言っているかもしれない)

 これが視界に入った瞬間、咄嗟に視線を下げた自分がいた。色合いがあいつらと全く同じだったから。すぐに勘違いに気が付いたけれど、気が付いたことで地元で自分が無意識に顔を下げていたことに気が付いた。地元の旗が全部西武ライオンズだったらよかったのに。心の底から思った。

 

  • 区役所にて

 4月末の日曜日に区役所に行った。4月1日に転職をし、一時的に加入していた国民健康保険の解約のためだ。

 月1回の休日開庁日なので、相当混雑しているだろうと思っていたが、国民健康保険の窓口はかなり空いていて30分ほどで手続きが完了した記憶がある。

 しかし、市役所まであいつらは進出していた。いかにもお役所って感じの無骨な真ん丸壁掛け時計のすぐ隣に大きな旗。ついこの前まではオレンジの旗が掲げられていた場所だ。

 30分で終了したのが幸いだった。あんな空間には二度と行きたくない。

 

  • 大宮駅にて

 ある時、大宮駅の西口に行った。記憶は定かではないが、恐らくパスポートセンターに行った時だと思う。大宮駅の西口といえば、月曜から夜更かし黎明期に頻出した埼玉問題の街灯インタビューでよく見たあそこだ。

 大宮駅西口を出てコンコースを歩くと、目の前にアルシェという9階建てのデカいビルがある。ディズニーストアがあったり、貢茶があったり、よく分からん服屋がたくさんあったりする、プチ・渋谷109みたいなものだ。109に入ったことはないが、多分似た感じだと思う。FM NACK5のスタジオもあって、スピッツが公開収録をしたこともある。今アルシェの公式サイトを見ると、ゲームセンターとFRUITS ZIPPERが何等かのコラボをしているようだ。とにかく、大宮駅西口を大宮駅西口っぽくしている気がする、そんな建物だ。

 それが何なんだというと、9階建てのビルの3階から8階くらいの範囲で、カス・エナジードリンク会社が意味の分からないクソデカ広告を出していたのだ。快進撃だか何だか知らないが、俺はそんなのを求めてはいなかったのに。見たくないのに、そのデカさからどうしても視界に入ってしまう。虚空に向かって舌打ちをしたのは初めての経験だった。

 

 

 

 これらの出来事は、すべて2025年4月以前の話。つまり、WEリーグはシーズン途中。女子チームはオレンジのユニフォームで戦っていたし、リスのエンブレムのままだ。それでも、街からオレンジは消え去ったのだ。

 

 

 

 

 俺は、地元と同じくらい大宮駅が好きだった。小学生が背伸びして遊びに行く定番だったし、学生時代のアルバイトはすべて大宮駅で済ませていた。

 駅の発車メロディーは何回聞いたか分からない。耳が馴染みすぎて、それがサッカーチームの応援歌であることに気が付いたのは社会人になってからだった。

 それから氷川神社。正月や七五三といったらここだった。書初めの宿題で入賞した人はここに飾られていた。12月には参道で縁日も開かれ、友達と遊びに行った記憶もある。

 そして大宮駅から氷川参道に向かうまでの道でも、応援歌がどこかから流れていた。道路と歩道の間にはオレンジ色の花壇が設置され、自販機もオレンジ色だ。一本違う道に入れば普通の街並みだけど、この道だけはサッカーと生活が馴染んだ道な気がして、本当に大好きだった。

 今はどうなっているか知らない。

 

 何年前だったか、フリルドスクエアは死んだ、みたいなタイトルの記事が話題になった記憶がある。当時、話題になったから目を通したが、なぜかつての仲間にこんなひどいことを言えるのだろうと感じたのを記憶している。

 今ならわかる気がする。当時の彼(彼女?)にとって、もはやかつての仲間は仲間と思えなくなっていたのだろう。

 圧倒的多数の声に封殺され、自分の意志は遠いところに置き去りのまま。何をしようとも自分の力では微風すら吹かせられない。いつしか、憎しみの対象が広がっていく。

 「本当のファンなら云々」という言説を何回見たか分からない。なにが本当のファンだ。俺は俺以上に件のクラブへの感情を文章にぶつけている人間を見たことがない。強けりゃいい、勝てりゃいいような信念のない連中が徒党を組んで俺の意見を排斥する。いつしかそう思うようになっていた。腹が減って金無くてもゴール裏に集まって声を枯らした同志だったはずなのに、だ。

 最終節のキャプテンの挨拶にすら嫌悪感を抱いた。「親会社のサッカー部時代からチーム名が変わったのと同じこと」らしい。そんなことはない。親会社サッカー部がいろんなことを変えたのは、親会社の意志である。外的要因はあるにしろ、大元の母体である親会社が自ら行った意思決定だ。一方でカス牛は違う。勝手に土足で踏み込んできて、奪えるもの全部奪って自分のものにしたわけだ。

 親会社が売りたがっていたという側面があったのかもしれないが、ここまですべてを変える必要性はどこにもない。海外サッカーを見ていれば分かることだが、オーナーが変わるなんてことは結構あるのに、チームカラーやエンブレムやらチーム名やらを丸ごと一新する例はほとんどない。元々のクラブに対するリスペクトがあるからだ。反対する地元ファンがいるからだ。それでも大した反対もなくすんなりとすべてが通ったことに虚しさと悔しさと情けなさと怒りでいっぱいだ。

 

 

 

 ここに住んでいると、そんな思考がぐるぐると付きまとう。道を歩けば紺の旗があるのだから、そうなるのも当たり前だ。

 でも、そんな日々も来週で終わる。俺は埼玉を引っ越す。

 持ち主がいなくなった俺の部屋では、使う人のいないオレンジのクッション、着られないユニフォーム、誰にも見られないぬいぐるみ、二度と振られない手旗、25周年記念フラッグ、ゴール裏とチームの集合写真等々が残り続けるだろう。

 

 断じて懐古厨ではない。無くなったものを懐かしんでいるのではない。昔はよかったなどと言うつもりもない。ただ、空っぽになる俺の部屋の中で、まだオレンジの魂は孤独に生きている。それだけだ。